過去を振り返ると、事業承継における様々ないばらの道を通ってきましたが、嬉しいこともありました。地元税務署からの表彰です。 私がM&Aで売却した会社は、M&A売却の二年前に法人税の優良申告法人として地元の税務署から「表敬状」を頂戴しました。三度目の表彰です。売却前の法人税の申告では、三千五百万円の経... 続きをみる
後継者の私が父の創業した会社を売った理由のブログ記事
後継者の私が父の創業した会社を売った理由(ムラゴンブログ全体)-
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その2から続きます。 M&A売却で得た一億円の事業資金は、考え方を変えれば、返済の必要のない助成金を獲得したようなものです。さらには、助成金のように使途についての報告も不必要です。売却益の資金を基に新創業に至り、事業を軌道に乗せ、新しく創業した会社の「役員報酬」で余生の生活設計を担う、というのが私... 続きをみる
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その1からの続きです。 売却側にとって売却額は多いにこしたことはありませんが、思いどおりに売却額が決定するとは限りません。オーナー経営者、後継者それぞれの立場においても、売却額への思いは違うものです。 例えば私が一億円の売却益を得、同時に父が一億円の売却益を得たとしたならば、それぞれの余生はどのよ... 続きをみる
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売却時の決算状況は流動資産(一年以内に現金化できる資産)だけで全ての負債を一掃でき、さらに、一億円の内部留保(現金・預金)が残る経営状況でした。 みなさんの会社にとって、運転資金に充当できる一億円の内部留保は、高額ととらえられない数字かもしれませんが、我が社のような零細企業にとっては、銀行に返済す... 続きをみる
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M&A売却決断時の私は経営権がなく、まだ最高意志決定権者ではありませんでした。しかし、経営権がなくとも説得力がつきました。父が私に与えた後継者教育の実践メニューに対し、挫折を繰り返しながらも乗り越えることで身につけた「最強の説得力」でした。 「いま会社を売却しなければ我が社は終極倒産してしまう」、... 続きをみる
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「朝礼で社員に説いた5つの約束」から続きます。 社員との約束の実現は私一人では困難ですが、実現させるには、設備資金や運転資金といった経営資金の援助と、経営の支援をしてくれる第三者を探し求めれば良いわけです。まさしく、M&A売却の考えです。大手企業の参加になれば、大手企業の資本力と経営体制下で実現す... 続きをみる
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社長が社員と約束したものは必ず実現しなければなりません。約束とその実現は相互のコミュニケーションと信頼性から生まれます。社長と社員のコミュニケーションの重要性に異議を唱える社長はいないはずです。いつの時も、中小企業の社長は積極的にコミュニケーションをとろうとします。そして、無差別に社員とのコミュニ... 続きをみる
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その1からの続きです。 社員の給与が閉ざされる危惧のある状況のひとつに、「後継者不在」という問題があります。会社に後継者がいなければ、現経営者に万が一のことがあった場合、その会社は頓挫してしまいます。 私がM&A売却に悩んでいた時に肩をポンと押してくれた日本M&Aセンターの分林会長(当時社長)。今... 続きをみる
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経営者が会社の存在意義を考えるときに、福利厚生の充実や社内の環境整備以上に配慮しなければならないのが社員の給与です。社員は生きるために働いているのであり、給与は社員と家族の生活設計の基盤になるものです。当たり前のことですが、経営者たるものは、いかなる理由があろうとも、社員に対して給料の遅配や未払い... 続きをみる
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その2からの続きです。 一億円の内部留保があれば、さらなる事業への投資ばかりではなく、社内環境の整備にも夢が膨らむものです。私の会社が営んでいたリネンサプライ業という業種は、繊維製品のリースとクリーニングの合体した業種であるため、クリーニング工場は蒸気を発生し、真夏には朝から温度計が三十度を指して... 続きをみる
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その1から続きます。 しかし、そうこうしているうちに、シルバーサービスを手がける企業が増えてきました。高齢化率の高い地方都市という事もあって、介護保険を見込んで、大手企業はもとより多数の企業が参入してきたのです。私は、何度もシルバービジネスでの新事業参入を検討したのですが、当時でも、介護業界は創生... 続きをみる
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相続税の問題に付け加え、経営上の問題もありました。事業の柱がたったひとつという単一事業での経営は、さまざまな経費が単一事業の収益によって支えられているため、支えている事業本体が収益性や成長性を失えば、再生しにくくなります。 経営には常にリスクがつきまといます。また、事業のサイクルも十年、一説には... 続きをみる
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その1から続きます。 相続対策の問題を創業社長と顧問税理士に質問すると、創業社長は無言のままですし、一方の顧問税理士は「時折その進言をしたのですが・・・」という、言葉しか返ってきません。相続税が会社の経営問題に発展するであろうことに対し、私を含め誰もが悠長に構えてしまっていました。 創業時からある... 続きをみる
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私の経営していた会社は二つの工場を有し、工場の敷地総面積はおよそ千八百坪ほどありました。このうち、創業社長である父が興した工場は、本社工場と称して約三百坪ほど、残りの千五百坪ある工場は、私の主導で一九九七年に買い求め稼動させた工場です。 私が購入したこの工場は、全てを会社名義として登記したのですが... 続きをみる
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新年あけましておめでとうございます。 本日より令和5年の投稿を開始します。 本年もご愛顧頂ければ幸です。 父が代表取締役会長、私が代表取締役社長、母と妻が取締役・・・・。これが、私の経営していた会社の役員構成でした。同族スモールカンパニーの典型的な役員構成です。四名の役員構成とはいっても、常勤役員... 続きをみる
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その1からの続きです。 私が入社した当時、会社は創業からすでに二十年を経過しており、生々流転の早いスピードに照らし合わせれば、すでに衰退期を迎えている時期です。いや、今の時代なら、すでに存在しない企業になっていたかもしれません。しかしながら、当時私の会社は、衰退期どころか発展期を迎えている会社でし... 続きをみる
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私の経営していた会社は、一九六三年(昭和三八年)四月の設立でした。私がまだ小学生の頃で、父が初代社長として創業した会社です。 現在、株式会社を設立するためには、発起人一名、株主一名でも登記が可能ですが、当時は、発起人、株主ともに七名を必要とした時代でした。資本金三百万円での株式会社設立でしたが、父... 続きをみる
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大手企業のM&Aと中小企業のM&Aは似て非なるものです。大手企業(上場企業)のM&Aは弱肉強食的な意味あいが強いものですが、中小企業のM&Aは終始友好的に物事が進んでいきます。大手企業間のM&Aは大が小を呑みこみ、呑みこまれた側の企業が姿を消し、呑みこんだ側の企業に名称が変わってしまう、というのが... 続きをみる
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生物はたえず発育し、変化していきます。誕生し、生育し、老後を迎え、そして人生の最後を迎える、それが人間の生々流転です。 このことはひとり人間のみならず、企業もまた生き物であり、同じように生々流転をしています。企業もまた、誕生し、発展し、成熟し、衰退していくわけです。しかし、人間は死と言う最後を迎え... 続きをみる