人生100年時代のM&A物語

49才の時父親が創業した会社を、父親在命中にM&Aで売却。その後、売却益で第2創業。売却決断実践から20年の経営者人生を綴ります。

誰にも公言できない譲渡先探し

M&A譲渡先の候補者探しについて述べてみたいと思います。


当然のことながら、結婚は相手がなければ成立しません。売り手と買い手によるトップミーティングは、企業間の〝お見合い〟を連想すると理解しやすいでしょう。恋愛結婚は独自に恋愛の相手を見つけ、相思相愛の関係が続けば結婚に至るものですが、お見合い結婚は、親類や、知人を仲介人とし、その紹介先の中から候補者を探すことになります。


M&A譲渡先の候補者探しは他言無用で、仲介アドバイザーにお見合いの候補先を探してもらうことになります。そして、譲渡先候補が見つかった後のトップミーティングは、結婚に至るためのお見合いに相当するもので、仲介アドバイザーがどれだけのネットワークを持っているかによって、候補者探しのスピードが違ってきます。


仲介アドバイザーは、買い手企業候補者(譲受け候補企業)に対して、売り手企業(譲渡希望企業)に興味があるかどうかを打診するため「企業概要書(ノンネーム)資料」」を作成します。M&Aは秘密保持を前提として進められますので、決して売り手企業の名前が判明しないように、会社概要は〝ぼかし〟ながら作成されるのです。企業概要書は「売り手企業情報」として、仲介アドバイザーがM&Aを進めるうえでのツールになります。


名前が判明しないことを前提にしていますので、会社数が極端に少ない業種や、特殊な業種に関しては、会社名がすぐにはわからないように、経営数値や、地区、規模、業種などの事実を、若干変更して記載されることもあるようです。


私の経営していた会社の企業概要は、「譲渡希望企業のご案内」というタイトルで、次のように記載されていました。


◎企業の業種   リネンサプライ業
◎所 在 地   東北地区
◎売 上 高   約三億円程度
◎店 舗 数   県内に二つの営業所並びに工場を持ち営業している
◎譲渡形態    百%株式譲渡
◎特   徴   実質無借金経営にて堅実な経営で推移している


私のケースにおいて仲介アドバイザーは、独自のネットワークからの情報、マーケティング調査会社の情報、興信所の企業情報、業界組合の名簿等あらゆる手段を駆使して「マッチング(お見合い)リスト」を作成したようです。このマッチングリストをもとに、候補者へのアプローチが始まるのですが、アドバイザーが絞り込んだマッチングリストに対し、無差別にアプローチを行うことはありません。買い手企業として、持ち込んでいいと思う候補先であるか否かを私(売り手側)に確認してから、実際にアプローチを開始します。 


このマッチングリストの作成が、確かな情報でしっかりとした裏付けのある情報が提供されていることを証明するような経緯がありました。


M&Aを進めるなかで、候補先としてマッチングリストにない同業者の名前を、私の方から提示したのですが、すぐに却下されてしまったのです。その理由は、仲介アドバイザーの独自の情報ネットワークによって、私が示した候補先には、私の会社を買収するための資金力に余力のないことが判明したからです。もちろん、仲介アドバイザーは私の意思をむげに却下したわけではなく、相手先にアプローチを試みてくれたようですが、やはり縁がなかったようです。


マッチングリストをもとに仲介アドバイザーは、「譲渡希望企業のご案内」を買収候補者に郵送し、電話等で感触を確かめたうえで、買収する意思のある候補先を訪問するという手順をとります。このマッチングリストは、仲介アドバイザーが作成した全国の候補者に郵送されますが、買収意思がどの候補者にもなければ、お見合にも至りません。つまり、お見合候補者の数で、自社の企業価値の軽重を知ることができるのです。


上場企業であれば、自社の株式評価で把握することもできます。しかし、未上場である中小企業の場合は、自社を売却しようとしたときになってはじめて、譲り受けを希望する企業からのトップミーティング要望のリクエスト数で、自社に対する買い手の評価や注目度が判断できるのです。トップミーティングに至るための譲渡側企業の評価提示は、一般的に譲り受けを希望する企業から仲介アドバイザーに対して、情報提供料として一定金額を納入したのちに行われますので、冷やかし半分でのお見合いはありません。


「自分は企業魅力のある企業」と独自に判断していても、買収側が興味を示さなければひとりよがりの判断といえます。すでに価値のない企業になりつつあるということを、突きつけられることになるわけです。


幸いにも、私の経営していた会社は、人気殺到とはいかないまでも、全国のたくさんの企業からアプローチをいただきました。私の経営していた会社のリネンサプライ業界は、すでに成熟してしまった業界と判断したことがM&A決断の大きな一要因になったのですが、成熟した業界にあっても、破綻する前の余力のあるうちに買収することでシナジー効果が期待できる、と買収側が判断したことにもM&A成功の要因があったようです。


衰退している業界やその企業においても、打つ手が早ければ早いほど起死回生の道が開かれるのです。つまりは、経営者自身がどの時点で自社の立場を理解し、M&Aの採否の判断をするかなのです。


M&Aには守秘義務があります。つまり他言無用で譲渡先を探していかなければならないのです。