人生100年時代のM&A物語

49才の時父親が創業した会社を、父親在命中にM&Aで売却。その後、売却益で第2創業。売却決断実践から20年の経営者人生を綴ります。

わたしの人格と企業理念が問われた買収監査 前編

M&Aの中で、買収側が売却側企業に対し財務や事業状況を等の調査を行うデュデリジェンスという過程があります。「買収監査」です。


デュデリジェンス前の基本合意契約までは、私の提供している経営資料が正しいものとして交渉が進められ、譲渡額の合意まで行います。買収側の企業にとっては、私の提出している資料がほんとうに正しいものなのか、あとになって簿外債務などがでてきはしないかと気になるはずです。


M&Aの過程の大半は、売却側と買収側の双方が友好的な雰囲気のなかで進めていくものですが、唯一、買収監査だけは非友好的に取り扱われる実務といえます。これは、私が提供した経営資料の正誤性や事実を見極めるのが買収監査の目的なので、仕方のないことかもしれません。


買収監査は、単に会計上の数字や財務内容だけではなく、人事や労務に関するさまざまなリスクの調査、土地、建物の立地条件や環境への配慮、機械やその他減価償却項目の確認等、譲渡企業が提出した経営資料の裏付けをとるための企業精査にまで及びます。


この買収監査・企業精査には数日間を必要とし、基本的には売却側の企業で行われますが、社員たちに不審感を与えないように、他の場所で監査が行われるケースもあるようです。一般には、社員のいない会社の休業日に実施されます。


私の経営していた会社は、第二土曜日と翌日曜日が連休になっていましたので、二月九日(土曜日)から二日間という日程で監査を行いました。もちろん、二日間というのは当初の予定であり、万一、経営資料の不足や、私の提供している情報と違う債務や簿外が判明すれば、事実究明にさらに数日間が必要になるという前提条件があります。


売却しようたした会社は山形県米沢市にありました。雪国・米沢では、当時、二月の第二土曜日と日曜日に大きなイベントが開催されていました。「雪灯篭祭り」です。米沢城跡にある上杉公園に、雪でつくった市民の手づくり「灯篭」が何百と並び、さまざまなイベントが開催される期間中は全国から観光客が押し寄せます。


買収監査はこの二日間に、私の経営していた工場で実施されました。この年は暖冬で積雪も少なかったのですが、当日はあいにくの降雪となり、米沢名物の吹雪で買収監査の皆様をお迎えすることになりました。
買収側の企業からは、二名の公認会計士と取締役である財務責任者、さらに四名の社員が来社し、帳簿や書類、各種の証憑を精査し、さらには、土地・建物や構築物、許認可の証書、取引項目の契約書、減価償却の現物確認等々について、二日間にわたり七名の担当者が精査に及びました。


基本合意契約の日から買収監査までの間に、過去三年分の証憑を揃えなければなりませんでした。私の経営していた会社の事務や経理の日常業務は、二名の女子社員が担当しており、帳簿や証憑類の保存も彼女たちの業務です。


M&Aを公表していない社員に、過去三年分の帳簿や帳票類を突然揃えさせるのは、なにも知らない社員に不審を抱かせるだけです。しかしこの懸念は、私の妻が帳簿や帳票類すべてを揃える段取りをつけることで解決できました。短期間で見事な段取りでした。


書類の不備をチェックするために、買収監査の前日から当地入りしていた私の仲介アドバイザーからは、過去三年分の完璧に揃った帳簿や各証憑に対して不備を指摘されることもなく、順調に監査の日を迎えることができました。


後編に続きます。