人生100年時代のM&A物語

49才の時父親が創業した会社を、父親在命中にM&Aで売却。その後、売却益で第2創業。売却決断実践から20年の経営者人生を綴ります。

「M&Aで生き残る社員と追い出される社員」後編


前編からの続きです。


エンプロイアビリティという言葉があります。エンプロイアビリティとは雇用され続ける個人の能力のことです。エンプロイアビリティには二つの能力の意味があります。勤務している会社内で絶えず仕事を任せられる「雇用継続能力」と、他社に採用される「雇用され得る能力」のことです。


終身雇用から能力主義への変革という現代のビジネス社会においては、ビジネスパーソン自らの意思で職業能力の開発を行い、勤務する企業の発展に貢献できなければ、どこの企業に転職しようとも、満足できる処遇は得られないことを厳しく自覚しなければなりません。


中小企業においてもM&Aが活発化している現在、M&Aで生き残る社員とは、まさしく、エンプロイアビリティを兼ね備えた人材のことを指します。エムプロイアビリティの能力保持者は、M&Aで経営者と経営環境が変わったとしても、どこでも通用する能力を持っていますので追い出されることはありません。


追い出されるどころか、エムプロイアビリティの能力保持者である社員は、どの企業からも好条件で転職を受け入れられます。このような資質の高い社員であれば、M&A売却後も転職の移動を逆に思いとどまるよう、交替した新経営者から説得される人材なのです。


企業側においても、自社における永続的な雇用を保障しない代償として、社員に対して、エムプロイアビリティ修得の為の教育の機会を与えることが必要となります。しかし、同族中小企業において、中堅・大手企業のように潤沢な研修教育費を計上できません。業暦が長く経営者の従事年数も長い、ぬるま湯体質に浸っている中小企業には、社員の研修教育を施しても、一過性のものとしてとらえる傾向が強く、社員もエンプロイアビリティの意欲的な修得には至りません。


しかし、ぬるま湯的体質から抜け出し、エンプロイアビリティ能力の高い人材を育成しなければ会社の発展はありません。ぬるま湯体質から抜け出す一つの手法にM&A売却があると考えることはできないでしょうか。経営者が交替することで社員に危機感を植え付けるのです。


あなたの会社を成長させる方法が一つだけある、それは、あなたが社長を辞めることです!


この言葉は、以前自己啓発セミナーで聞き、私の脳裏に未だ残っている言葉です。今、世間で話題となっている、上場企業の凄腕経営者が私の会社の社長であったならば、現在の業績で躊躇しているだろうか、という問いかけでした。私が会社を辞めて、上場企業の凄腕社長と交替したならば、交替した社長は私に代わって会社を大きく成長させる行動力と能力をもっている。だから、会社成長のたった一つの方法は、私が会社を辞めること、という大胆な発想のスピーチでした。


ぬるま湯体質に浸っている中小企業があったとしたら、どのような革新を求めても社員は本気で動こうとはしないのではないでしょうか。社員に対し人材育成を唱えても、社長の一人舞台に終始してしまうからです。この現状を変えるひとつの手段に社長交代があるという考え方です。


社長交代といっても、身内の事業承継のように、親から子への社長交代では社員に危機意識を植え付けることは不可能です。M&Aで売却し、第三者に自社の成長を任せるという考え方も会社存続と発展の転機になるかもしれません


私のケースのように同族中小企業の後継者が、オーナー経営者から承継した会社を売却し、社員にその危機感を植え付けたのですから、このことに対し問題意識も持たず、エムプロイアビリティの修得に励もうとしない人材は終極追い出される運命です。M&A売却においては、一定の期間は雇用の継続が保障されますが、一生涯保障されるわけではありません。


社員の雇用が継続されるといっても社員も甘えてはいけません。M&Aで会社が売却されようが、されまいが、生き残る社員には生き残るための資質が身についており、その資質は自己啓発で身につけるものなのです。淘汰される社員は会社が自分の生活を保障をしてくれるという他力本願の考えで自滅してしまうのです。


「会社は人材で決まる」と多くの経営書が教えてくれます。現在の人材力では会社が危ないという考えで、社員に危機感を植え付ける為売却を検討する私のような経営者は、排水の陣で「人材育成」を目指そうとするのかもしれません。自らの器よりも大きな器でぬるま湯体質から脱皮させてくれる経営者に社長の座を譲り、自社を成長させるという考え方があつてもいいのではないでしょう。