人生100年時代のM&A物語

49才の時父親が創業した会社を、父親在命中にM&Aで売却。その後、売却益で第2創業。売却決断実践から20年の経営者人生を綴ります。

創業者の頭の中だけにある株主名簿、ボケたらどうする 後編

前編からの続きです。


この半年後に、父が認知症になってしまったのです。親がボケてしまったならば、誰が、親の財産を管理し、生活療養等の世話や物事の決定を行うのか、みなさんは考えたことがあるでしょうか。先代経営者名義の多大な事業用財産がある場合は、面倒なことになります。


M&A売却資金で第2創業を計画し、第2創業資金の一部となる、父の売却益の預金口座を私が管理していても、所有者は父です。M&A売却後の財産管理に対し、何の手立ても講じていなかったため、父が認知症で過去の記憶を無くしてしまうと、第2創業資金も自由に活用できなくなる恐れがあったのです。このことは後で気付きました。


成年後見制度というものがあります。
認知症などの理由で判断能力の不十分な方々の財産や、日常生活を保護する制度です。判断能力を欠く状況にある人を守るために、裁判所が「後見人」を選任します。
誰が後見人に選任されるか・・・・
先代経営者がボケた場合、「後見人」の選任が事業承継のポイントとなってしまいます。


私の事例で言えば、成年後見人制度については、何の手立ても講じていませんでしたので、当制度が行使され、私が後見人に選任されなかった場合は、父のM&A売却益がどのような行方になっていたかわかりません。しかしながら、父は認知症になってから、一年もたたずに肺炎で他界してしまいました。父の売却益は、成年後見人の制度適用から、相続のための遺産分割協議になり、相続税の対象となりました。


遺産分割においても、父のM&A売却益は「争族」の火種になる兆しがありましたが、「念書」(本来は遺言ですが念書も有効な手立てになります)の有効活用で円滑な相続と事業承継に至りました。私のケースは、父が認知症から他界までの期間が短かったために、成年後見制度に無頓着でいてもトラブルはありませんでした。運が良かっただけかもしれません。しかし、円滑な事業承継という点で、「任意後見制度」というものを知っておかないと、事業承継に支障を及ぼすことになりかねませんので注意が必要です。


任意後見制度とは、本人に十分な判断能力があるうちに、将来自分に判断能力がなくなった場合、あらかじめ自分で選んだ者「任意後見人」に、財産管理や余生の生活看護等について契約で代理権を与える制度です。


本人が認知症になった場合、「任意後見人」が、裁判所が選任する任意後見監督人のもと、認知症になった「本人」と「任意後継人」の間で決めた「契約」内容を履行していくものです。先代社長がボケず、目が光っているうちは、身内での様々なトラブルは起きません。しかし、先代経営者がボケた場合や、他界した場合は、身内の争いが突然勃発します。必ず勃発するといっても過言ではありません。


後継者本人ではなく、事業承継する上で最も都合の悪い人物が、「任意後見人」になっていたならば、どうなるでしょうか。任意後見人を決めずに先代経営者が認知症になり、裁判所の決めた人間が、先代社長の財産管理をするようになった場合、企業経営という点において、後継者に支障はないでしょうか。


父が認知症になるなどと、思ってもみなかったことですが、事実となりました。


先代経営者から事業承継した後継者の多くが、自分の父である先代経営者がボケることなど想定もできず、他人事のように思っているかもしれません。先代経営者が認知症になったことを想定した場合でも、問題は誰が「介護」するか、という点にばかり考えが向いているのかもしれません。認知症という問題では、介護という問題だけがクローズアップされてしまいますが、同族中小企業では経営権の問題にまで発展してしまう恐れがあります。


後継者への株式移動をためらい、調査を先送りにしていると、経営支配権を持つ先代経営者の他界で後継者が窮地に追い詰められる恐れもあります。