人生100年時代のM&A物語

49才の時父親が創業した会社を、父親在命中にM&Aで売却。その後、売却益で第2創業。売却決断実践から20年の経営者人生を綴ります。

経営権で支配する創業者の権力 その3

その2からの続きです。


古い話で恐縮ですが・・・


私の手元に「進退伺い書」があります。日付は平成2年5月14日となっています。私が先代社長に対し差し出した書面で、小さな文字でA4サイズ8頁に渡り自筆でしたためた私の進退伺いです。自分の経営の考え方や実績、そして父や会社の問題点を指摘し、さらには要望をまとめたものでした。その当時の私の役職は常務取締役でした。一部分を次に転載します。



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私は当社に入社してから現在まで、社長から仕事に対する評価を頂いたことや様々な提言を本気で聞き入れてもらったこともありません。
最悪の事態を想定して提言しているのですが、一部聞き入れてもらう時は、すでに最悪に近づいてしまった問題に対し、下駄をあずけられるのです。
社員も表面では平静さを装っていますが、陰では不満を隠し、いつでも最悪の状態になってしまう現況下を認識してもらいたいものです。今、辞められたら会社が大混乱になると考えられる人達が特に不満を隠していることを直視して頂きたいのです。
私も微力ながら社内をまとめることに尽力してきたつもりです。しかし、私の能力ではこれ以上意欲が持てません。
社員は様々な不満や要望を私にぶつけてきます。これまで、その内容を、社長に再三話をしてきました。しかし、解決策を十分話し合うまでもなく、社長は必ずといってよいほどその場から立ち去ります。
後日、その話を再提言すると、前に話したことを忘れたかのように振る舞い、振り出しに戻って話をさせられます。その繰り返しです。少々突っ込んだ内容で、現状の問題点をあからさまに話をすると、感情むき出しで怒鳴られ、後は議論にはなりません。私は、ただ単に精神論で社員を励ます以外に方法はありませんでした。
・社員給与体系知らされず
・経理内容知らされず
・経営に関する諸書類、一切見せられず
・資金決済、なにひとつとして権限与えられず
このような現況で社員をまとめる方法は、精神論のみで意欲を持たせる以外に方法はありません・これも限界です。


・ ・・・・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私は社長に不審感を持つようになりました。しかし、全ての権限は社長が握っています。社長が全ての指揮を執って下さい。私にはこれ以上能力がありません。
様々な不測の事態に対処するための方法を提言してきました。残念ながら私の提言を真に評価することなく、検討に値しない態度を取られ続けてきました。何のための常務取締役なのでしょうか。常務などという肩書きばかり、私は返上します。
私も37歳です。私の能力を評価してくれる場で仕事をしたいと考えます。40歳までに新しい道のメドをつけなければなりません。
親子4人(現在は2男1女で5人家族です)での別の収入の道を探すことも検討したいと考えます。急に飛び出していくような真似はしないつもりです。
進退伺いとして本日までの状況を連ねました。このような決意をしないとまともにこのようなことを述べられない当社の状況を察知して頂きたいと思います。
私の「進退伺い」より一部抜粋
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私は父に面と向かって提言することに怯えこのような書面を提出したのです。意気地なしであったかもしれません。この後、母から私に手紙が届きました。その内容は、2年後には父が私に社長の座を譲る気持ちでいるようだとのことでした。この時点では私の運勢がよくないようだ、ということが主な理由でしたが、今振り返ると、私を一時的になだめるための言動であったようです。社長就任は、それから8年後であったからです。父も、進退伺い提出後はしばし、私の言動に理解を示す場面もあったのですが、私の憤慨が収まると、終極、もとのワンマン社長に戻ってしまいました。


四十代は職業人として勝負の年という内容の書物を読んだことがあります。残りの人生が豊になるか否かは、二十代、三十代が築きあげた四十代の生き方で決まるというものです。40代をいい加減に過ごしていると、後で取り返しがつかなくなるということを諭している本でした。私の進退伺いの最後に書いた、40歳までには新しい道のメドをつけたいという意味はまさに、40代勝負論からのものでした。


私の進退伺いは、最終的には、父が創業した会社の退職も辞さないという固い決意が自身の中にありました。中途半端な気持ちで後継者から事業承継の話を切り出せないという問題が、同族中小企業の事業承継に根深く潜んでいるはずです。事業承継計画は、先代社長の頭の中だけに漠然としてあるのが現実です。事業承継計画に関し、有識者が様々なスキームを教示していますが、経営哲学はさておき重要なことは、後継者自身が先代に物言う決意をし、先代経営者の頭に漠然として描いてある事業承継の考えを、後継者と共に書面上で可視化することではないでしょうか。