人生100年時代のM&A物語

49才の時父親が創業した会社を、父親在命中にM&Aで売却。その後、売却益で第2創業。売却決断実践から20年の経営者人生を綴ります。

優良企業経営ながらも延命の道を選ばす その1


その1


M&Aの決断は二〇〇一年四月のことでした。私の経営していた会社の決算は三月です。創業三八年目の経営成績ですが、売上高三億円、経常利益三千四百万円、減価償却二千八百万円という、決算書上では好成績の営業状況でした。もちろん粉飾決算などありません。


財務状況に関しては、現金、預金等の流動資産が二億四千万円、また、手形、買掛金等の流動負債と長期借入金等の負債の合計額が一億四千万円という状況でした。その他、土地・建物の固定資産も保有していましたが、これらの不動産をあてにせず、借金やその他経費を差し引いても、一億円の余剰資金が残る経営状態だったのです。


この数字と財務内容だけを見れば、M&Aによる会社売却の決断など必要ないと大半の経営者は考えるのではないでしょうか。この決算内容でM&A決断を公言したなら、ほとんどの経営者はその真偽を問うはずです。多くの中小企業が、もっと厳しい借金経営ながら事業継続の道を歩んでいますし、株式譲渡のM&Aとはすなわち経営権を失う手法であり、経営者自らの進退問題でもあるからです。


しかし、一、二年前まで順調であった優良企業が、あっというまに倒産するというのが、借り入れに依存する企業を取り巻く経営環境なのです。当期の成績がよかったから来期も何とか期待できるだろうなどと、悠長なことは言っていられない時代です。経営判断を間違うと、一直線に堕落の底につき落とされてしまいます。


一年で一億円を貯めることは非常に大変なことですが、一年間で一億円を失うことはたやすいことです。一億円が消えてなくなるか、一億円がさらなる利益を生み出すか、経営者としては重大な判断であり、この判断こそ経営能力が試されるのです。


私は「一億円が直ぐに消えてなくなる」という判断をしました。決算書だけではこれからの経営状況は判断できません。貸借対照表は、過去に積み重ねてきた財務内容の結果であり、損益計算書は前年度のいわば過去の成績を判断する材料です。決算書は、これからの経営戦略を練るためのひとつの資料にすぎません。


決算内容を基にして、経営者は実務を熟知し、自社を取り巻く環境や産業構造の変化、さらには、自社の体力を的確に把握して、会社の進むべき道を判断しなければなりません。相続税がもたらす経営問題、成熟から斜陽化が懸念される業界環境、事業の柱を新規に求める時間的余裕のなさなどを勘案し、好決算とは裏腹に、私は自力での企業存続の道を断念し、M&Aによる自社売却の道を選んだのです。


その2に続きます。