人生100年時代のM&A物語

49才の時父親が創業した会社を、父親在命中にM&Aで売却。その後、売却益で第2創業。売却決断実践から20年の経営者人生を綴ります。

わたしの人格と企業理念が問われた買収監査 後編

前編からの続きです。


私の経営していた会社は、買収監査の一年前、所轄の税務署から税務調査を受け、「優良申告法人」として表彰されたという経緯があります。そのときに、資料準備の統括をしたのが妻であり、二人で税務調査のインタビューに応じた経験がありました。


税務調査時に要求があったわけではないのに、同様に過去三年分の帳簿や伝票を揃え、その姿勢が認められたのか、「優良申告法人」として表彰されるに至ったのです。会社設立以来三度目の表彰でした。


買収監査は、相手側が七人でつぶさに調査するのに対し、私一人だけがほとんどの質問に答えることになりました。私のアドバイザーも同席していましたが、経営全般を熟知しているのは私ひとりであり、このためインタビューがすべて私に向けられることになったのです。


経営者としての私は、不正やら会社を利用して私利私欲を満たそうという気が少しもありませんでしたので、なにを質問されても怖くはありませんでした。しかし、七人の調査員すべてが買い手側の利益代表として調査しますので、思いがけない質問が飛んでくるものです。


一本気な性格の私は調査の途中、調査員の無神経で無配慮な質問に対して、破談になってもいいから「もう帰ってくれ」と言いたくなったこともありました。しかし、私のただならぬ怒りをすばやく察知して、私を論し続けてくれたのが妻でした。


この監査を担当した公認会計士から、私の経営には公私混同がなく、帳簿やすべての資料、そして二日間にわたるインタビューの裏付けから、会社の売却を決断した背景も同調できる旨のひと言が、監査調査終了時にありました。


買収監査を行う側は気付かないでしょうが、監査中はさまざまなプライドを傷付けるような質問事項もあって、監査を受ける私と妻にとっては、まさに〝魔の二日間〟でもあったのです。そんなやりとりがあったあとの結論でしたので、終わったときには思わず涙がこぼれてしまいました。


調査員は、帳簿や証憑類のチェックと同時に、さまざまなインタビューでその正誤性を判断します。インタビューは一度だけにとどまらず、二日間さまざまな形で質問形式や場を変えて正誤性を判断します。


調査初日の終了時に、全員で夕食をとることになったのですが、いま振り返って考えると、アルコールで気の緩んだ私の口からでた言葉も、私の会社売却決断の正誤性を裏付けする調査資料のひとつになったのではないかと思います。


二日間の買収監査を終え、私の経営していた会社には、なんらの不正事実も問題もないという正式な調査報告がだされたのが、それから一週間ほど経過した頃でした。


仲介アドバイザーから、間違いのない経理内容なので問題はないだろうという事前情報を得てホッとしましたが、これだけは当事者でないとわからないほんとうにつらい二日間でした。


本質的には、中小企業におけるM&Aの買収監査は、経営者の人間性が、どのように経営に反映されていたかを調査するものです。経営上の数字は監査によって正誤性が調査可能ですが、買収側がもっとも恐れる数字に表れない隠し事や、簿外債務は、監査時に発見できるとは限らないものです。そのために、買収監査はインタビューを行いますが、最終的には経営者を信じるしかその解決方法はないのです。


中小企業のM&Aにおいては、売却側企業の経営者を信じることができるか否か、それが買収監査の最重要調査項目であることは間違いありません。