人生100年時代のM&A物語

49才の時父親が創業した会社を、父親在命中にM&Aで売却。その後、売却益で第2創業。売却決断実践から20年の経営者人生を綴ります。

本契約後社員の動揺を土下座で鎮める 前編

二〇〇二年年二月二十六日、私のM&Aは正式な本契約である「株式譲渡契約」を締結するに至りました。本契約の締結は京都に本社がある譲り受け側企業において予定されていましたので、私は前日から京都に宿泊することにしました。宿泊先は譲り受け側企業の配慮で、一流ホテルに私たち二人分の予約がされていました。


本契約の調印には当初から私一人で臨む予定でいましたが、相手側は夫婦で宿泊するものと勘違いし、二人分のスイートルームを用意してくれたのです。私は今回のM&Aに対する妻の功績が評価されたものと推測し、あらためて中小企業における妻の功績の重要さを感じました。そして、買収監査以外は、すべてにわたって友好的にM&Aが進んだことを再認識したのです。


大企業である譲り受け側企業に手配していただいた、私たち夫婦のためのスイートルームという好意に接して頭の下がる思いがし、あらためて売却先企業の偉大さを思いしらされたのでした。


契約は譲り受け側企業の本社社長室で行われました。仲介会社の作成した契約書への捺印をもって契約書を交換するのですが、この契約も信頼関係とお互いの素性がはっきりしていないと、とんでもない過ちを犯すことにもなるのです。


契約締結はしたものの、会社実印はまだ私の手元に残っています。契約締結後に実印の不正使用もできるわけです。さまざまな予防策は契約書に網羅されていますが、一時的にも相手を疑う気持ちになってもおかしくありません。


また、肝心の譲渡代金は、契約当日に振り込まれるという予定だったのですが、M&Aの進展が早かったことと、相手側の経理の都合上、翌月支払いでの契約を了承することになりました。同業者で間違いのない会社とは重々承知しているのですが、契約にまで至って会社は売却したものの、本当に譲渡代金は支払われるのだろうかと、契約締結という祝福すべき状況にありながらも、様々なよからぬ思いが浮かんだりします。


譲渡額は基本合意契約締結時に示された契約額に変更がなく、私自身の処遇は、契約時点において代表取締役を辞任し、取締役社長として決算月の末まで従事することになりました。さらに、六か月間は顧問の立場で、引き継ぎを行うことでも合意に至りました。また、譲渡額の一部を別途に積み立て、問題なく引き継ぎが終了した段階で残額を支払うといった、譲り受け側に配慮した契約項目もありました。


私には会社を利用した私利私欲や不正はありませんでしたので、引き継ぎにおいてなんらかの問題が起きることは考えられません。しかし、友好的に企業譲渡を引き受けてくれた譲り受け側企業に対し、私は円滑に引き継ぎを行う使命がありました。譲り受け側企業が契約締結後に不安になることは、従業員の大量離脱や反乱はないだろうかということです。


私の会社に労働組合などありませんでしたが、もしかしたら、労働組合との問題に嫌気がさして経営断念に至ったのではないかなどと、さまざまな悪い要素を想像するはずです。こういったことは、買収監査や企業精査ではわからないことであり、売却側の経営者の言葉を信頼するほかありません。


後編につづきます。