人生100年時代のM&A物語

49才の時父親が創業した会社を、父親在命中にM&Aで売却。その後、売却益で第2創業。売却決断実践から20年の経営者人生を綴ります。

創業者の敷いたレールを離れる決意 その1

過去を振り返ると、事業承継における様々ないばらの道を通ってきましたが、嬉しいこともありました。地元税務署からの表彰です。


私がM&Aで売却した会社は、M&A売却の二年前に法人税の優良申告法人として地元の税務署から「表敬状」を頂戴しました。三度目の表彰です。売却前の法人税の申告では、三千五百万円の経常利益に対して、千五百万円の法人税の申告でした。


中小企業においては、節税の一手法として経営者の役員報酬を上げて経常利益を少なくするという考え方があります。税金を払うくらいなら、自分たちの報酬額を大きくして、税金を減らそうという考え方です。役員報酬額が多くなれば、その分経常利益が少なくなり、法人税の納税額も少なくなります。大半の同族中小企業がこの考え方に賛同し、法人税の納税額を少なくしているのではないでしょうか。


しかし、経常利益も少なくなり、法人税も少ないということは、自社の現金・預金といった内部留保資金も少ないということになります。経常利益から法人税を差し引くと当期利益が発生します。この当期利益をどのように処分していくか、決算書の利益処分計算書に経営姿勢が現れます。


私が売却した会社の利益処分は株主配当と別途積立金として、毎年内部留保に充当してきました。しかし、役員報酬を抑え、経常利益を上げ、多額の法人税を納め、表敬状を頂戴することにどのような利点があるのでしょうか。


売却した私の会社の実情を知る人達は、次の様な事を言っていました。経営内容や姿勢は立派だけど、税金を払う分、別の経費を計上して、税金額を減らしたほうがメリットがあるという人もいます。税務署を潤すことなどないでしょう、という人もいます。さらに、税金を多く払っても何のメリットもないよ、という人もいます。


しかし、私には大きなメリットがありました。このような経営姿勢で推移してきた結果、内部留保が多くなり、M&A売却のときにも現金が豊富であったため、企業評価が良かったのです。売却のたたき台となる企業評価書は、簿価(決算書の価格)を時価に修正しますが、現金は簿価でも時価でも値引きされることなく修正が必要ありません。


下方修正を余儀なくさせられるケースの多い不動産や在庫といった勘定科目とは違い、現金・預金といった勘定科目の潤沢な内部留保は大きな魅力です。内部留保が潤沢であれば、役員退職金の受け取りも可能です。


千五百万円の法人税を支払うなら、役員報酬を二千万円増やし、三千五百万円の経常利益を千五百万円にし、法人税の申告額を減らすというのが、中小企業経営者の圧倒的支持ではないでしょうか。しかしM&A売却の有無は別にしても、多額の法人税を計上できる会社でなければ、内部留保も微々たるものになってしまい、体力の弱い会社となってしまいます。


優良企業と自負しながらも創業者の敷いたレールから離れる決意の原因のひとつに相続税の存在がありました。優良企業であれば自社の株価も高騰しています。相続税資金調達の為の会社売却という考えが脳裏をよぎりました。